札幌の大地に根ざす革新と伝統―5代目が耕す天下農園の挑戦

豊平地区組合員

天下 一也さん

札幌市南東部・真栄で5代続く天下農園。伝統を守りつつ新たな挑戦を続ける5代目・天下一也さん。家族の支えとお客さんとの絆を胸に、「サッポロ」の名を冠した野菜が今日も大地に根を張っている。

家族の絆が支える、
5代目の決意

「この土地が神様のお恵みでますます栄えるように」という願いを込めて名付けられた札幌市の「真栄」。かつて一面に田畑が広がっていたこの地で、天下農園は5代にわたり農業を営んできた。現在、農園を切り盛りしているのは5代目の一也さんと、ご両親、奥さまの4人。娘さんもInstagramで農園の魅力を発信し、お客さんとの距離を縮めている。

先代のご両親は主に花を育てていたが、一也さんは約10年前に就農を決意した。ご両親と話し合い、畑作中心の経営へと転換。ご両親は新しい作物を育てることに対して、「やってみればいいよ」と温かく背中を押してくれた。一也さんは「家族がいるからこそ、思い切った挑戦ができた」と語る。

80代になった今も畑に立つご両親の姿は、一也さんにとって何より大きな支えになっている。「親が草むしりなどしてくれるのが本当に助かっている。親がいないと思うと…」と、感謝とともに不安も口にした。

最近、一也さんにとっては初孫の双子が生まれた。離乳食には、一也さんが育てたとうきび、かぼちゃなどを使っている。「これからもっと、自分の作った安全安心な野菜を食べて育ってほしいですね」と、取材時には一番の笑顔を見せてくれた。孫の小さな手が野菜を口に運ぶたび、未来への希望が膨らみ、家族の歴史がまた一つ、畑に刻まれていく。

5年前から育て始め、現在はとれのさとにも出荷しているパッションフルーツ。これから収穫を迎える。

伝統と革新を両立する
「ファーストペンギン」

天下農園の畑には、札幌伝統野菜の「サッポロミドリ」をはじめ、30種類以上の作物が並んでいる。「遊び心もあるけれど、常に新しいことにチャレンジしたい」と語る一也さんの姿勢は、まさに群れを率いて最初に海に飛び込む「ファーストペンギン」のようだ。

特に力を入れている「サッポロミドリ」は、甘みが強く、風味豊かな味わいが特徴の枝豆だ。気候変動の影響を肌で感じる中、「毎年1年生の気持ちで、この伝統を絶やさず続けていきたい」という一也さん。その言葉には、先人たちから受け継いだ大切な想いと、未来への強い責任感が滲み出ていた。

また、農園では新しい栽培方法や品種にも積極的に取り組んできた。

「新しいことに挑むことで、農業の可能性が広がる」

パッションフルーツのハウス栽培は、北海道の気候では難しいとされているが、一也さんは失敗を恐れず挑戦を続けてきた。その試みが農園に新しい風を吹き込んでいる。

真栄に広がる天下農園。
収穫した枝豆の葉を落とす一也さん。

「美味しい」の声が繋ぐ、
畑と食卓

一也さんのもう一つの原動力は、お客さんからの「美味しい」という声だ。Instagramに届くメッセージや直売所でのやりとりが、畑と食卓を繋いでくれる。

「どんなに大変でも、買ってくれた人が『美味しい』って言ってくれたら、それだけで嬉しい。その言葉が、明日への力になっている」

一也さんがこだわるのは、「採れたて」の美味しさ。「採れたてに勝るものはない」と信じているからこそ、収穫したばかりの枝豆を、すぐに茹でて食べてほしいという願いがある。札幌という大きな消費地で、お客さんの顔が見える距離で農業を続けているがゆえに生まれる想いだ。これからの夢を尋ねると、「札幌にしかできない農業を追い求めたい。これからも“サッポロ”と名の付くものを作り続けたい」と力強く語ってくれた。

土地の力、家族の絆、そしてお客さんとの繋がり。そのすべてが、一也さんの畑に脈々と流れている。愛する家族と、お客さんからの嬉しい声を原動力に、遊び心から生まれる挑戦心が札幌伝統野菜を未来へ繋いでいく。

札幌の空の下、今日も畑に立つ一也さんの姿は、札幌の農業の未来そのものだ。

天下農園で育つ落花生。取材の日、今年の初掘りを行なってくれた。