昭和7年、札幌・厚別もみじ台の地で一頭の牛と共に、祖父・政吉さんの代から始まった小林牧場。時代の変遷とともに上野幌、現在の西野幌へと舞台を移しながら、九十余年にわたり生命の営みに寄り添う日々を積み重ねてきた。その歩みは、いつしか揺るぎない信念の道となった。
技術と土壌の融合
土に始まり、土に還る
森と田畑が溶け合う江別市西野幌。札幌との境界に位置するこの地には、開拓時代の原風景が今も静かに息づいている。早朝、森が吐き出す清浄な空気の中、小林牧場は確かな存在感を放ち佇む。
広々とした牛舎では、約640頭の牛たちが穏やかに反芻を繰り返す。そんな光景に、共に生きる生命への敬意が漂う。3代目・紀彦さんは語る。
「僕たちの仕事は、単に牛乳を搾るだけではありません。土を耕し、良い餌を作り、牛を健やかに育てる。そして恵みを再び土へ。こうした循環を成立させることが重要なんです」
その言葉に象徴されるのが、自給飼料型酪農・循環型酪農だ。牧草やデントコーンの飼料を自社で栽培し、健やかな牛を育む。また、排泄物を再生可能エネルギーへ変えるバイオガスプラントを稼働させ、循環の高度化も実現した。
こうした先進的なシステムをいち早く形にできたのも、移りゆく時代と粘り強く向き合い、牛・土・人を慈しみ、育て上げてきた「小林牧場の積み重ね」があったからに他ならない。
「土が草を育み、牛の糧となり、再び土へと還る」
エネルギーまでをも自給するこの円環の物語は、今も力強く書き継がれている。
次世代へ繋ぐ
「想い」の継承
現在、牧場を率いるのは、兄・紀彦さんと弟・智行さんだ。二人は、父・惟彦(ただひこ)さんが築いた礎に新しい時代の視点を吹き込んだ。
二人が常に心に留めているのは、単なる効率ではない。「誰が、どんな想いで搾ったのか」という、造り手の体温が伝わる「顔の見える」製品を届けることだ。その信念は物流の速さにも表れている。搾りたての生乳はわずか10分で近隣の工場へ運ばれ、他と混ざることのない専用ラインでパックされる。
「愛情をかけた分だけ、牛は必ず誠実に応えてくれます。札幌に近い立地を活かし、究極の鮮度で食卓へ届けたい。このラベルには、私たち家族の想いがすべて詰まっているんです」
智行さんの言葉には、生産者としての揺るぎない誇りが滲む。
兄弟で切磋琢磨し、互いの視点を磨き合いながら「より良い牛乳を届けたい」という共通の想いで歩みを進めてきた。その想いは今、次代の主役である互いの息子たちへ託されている。
父たちの背中を追い、泥にまみれて牧場を支える彼らもまた、自らの足で土に立ち、先代から続く道をまっすぐに踏み固めている。家族が同じ志を持ち、共に汗を流す光景。それは、物語が100年先へ続いていく確かな証だ。
母が繋ぐ「食の本質」
小林牧場を語るうえで欠かせないのが、朗らかな笑顔で周囲を包み込む母・ヨシ子さんの存在だ。出会う人を惹きつける温かな人柄は、地域に元気を灯している。手帳には、自らの手で整え、育ててきた野菜作りなどの記録がびっしりと書き込まれていた。
かつて北海道新聞の料理コーナーを担当し、また「A・Cネットワーク」として30年以上にわたりサッポロさとらんど等で食育活動を展開。牛乳も野菜も等しく「土からの授かりもの」だと伝えてきた。
「土をいじっていると元気が湧いてくるのよ。この喜びを次の世代に伝えたいね」
そう笑うヨシ子さんの手帳にはこれからも、育てていく野菜たちの愛おしい生命の記憶が大事に記されていくだろう。
一滴の牛乳に込められた想いを胸に、若き後継者たちが今日も牛舎を駆ける。野幌の森が育む空気と共に、一家が紡いできた誠実な時間は、これからも静かに積み重なり続ける。
小林牧場物語。──終わりのない生命と家族の歩みは、これからもこの大地と共に、一歩ずつ、着実に書き継がれていく。








